西川製糸会社の正門(大正時代) |
繭の集荷場 |
多摩地域は江戸時代から養蚕業が盛んでした。
1859年(安政6)の横浜港開港をきっかけに、
生糸は最大の輸出品となり、養蚕・製糸業はますます盛んになりました。
その盛況ぶりは明治時代になっても衰えず、昭和初期まで続きました。
西川伊左衛門が設立した西川製糸は、1893年(明治26)
座繰り製紙機械5台、工員15名で創業を開始しました。
以降時流に乗り、多摩地域屈指の製糸工場となり、その製品は
1926年(大正15年)にアメリカのフィラデルフィアで
開催された博覧会で高品質を認められて表彰されるほどでした。
昭和初期に最盛期を迎えましたが、戦時体制が
強まるにつれて軍需工場へ転換をよぎなくされ、
1940年(昭和15)頃に製糸工場としての役目を終えることとなりました。
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昭和初期最盛期は2000人の女性労働者が働いた。
繭の集荷風景(大正時代)
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